2021.05.22 12:50風邪熱談義熱が出ると思い出す文章がある。河上徹太郎の風邪熱談義という文章だ。本で読んだのではなく、高校時代の参考書か模試で読んだ文章で、妙に印象に残っている。子どもの頃、風邪を引いたときの思い出として、布団の中で母親の料理の音などを聞きながら普段とは異なる時間を過ごす事の甘美さ、熱に浮かされながらの夢心地を描いたものだ。確かに、子どもの頃、風邪は非日常の時間の象徴だった。すり下ろしたりんご、ポカリスエット、卵粥などの特別メニューが供され、熱に浮かされながらも氷枕や冷えピタの感覚に身を委ねる。気だるく重い身体も、鈍い頭痛も、これでもかと「身体がある」ことを主張してくる。河上徹太郎が僕に投げかけたのは、レジャーとしての風邪の意義だった。風邪も中々悪くないよと彼が語る...
2021.05.12 13:22答えは身体が知っている最近、肉を食べる頻度がめっきり減った。以前は1日三食肉料理、とかざらだったのに、である。肉を食べる機会をゼロにしたわけではない。職場で頼む弁当に入っている分は、それはそれとして、ありがたく頂く。自分でも食べようかな、と思ったら食べる。ただ、食べなくてもいいかな、という感覚がよぎるようになった。昨年から通っているヨガでは、自分の感覚に気づく、というトレーニングを繰り返し行なっている。それは、自分が自分の身体感覚を取り戻していくリハビリテーションになっている。自覚していなかった身体の違和感や、知らず知らず封じ込めた感情の残像、そういうものにただ、気づく。そして、今年に入ってから目覚めた発酵食。まだ生活の全てにしっかり取り込めたわけではないにせよ、時折食べる...
2021.05.09 08:00本に呼ばれる物心ついた頃から本は好きだったのだけど、特に読書熱が自分の中で高まったのは小学校高学年から中学生くらいだったと思う。あの頃は本当に毎日読むものに飢えていて、青空文庫の児童書、偉人の伝記漫画、ダレン・シャンや江戸川乱歩、次第に文庫本なんかも読むようになっていった。自分の好きな傾向はなるべくハッピーエンドで、人が死なない本。そしてワクワクして、面白い物語が好きだった。自分の気になったシリーズ、好きな作者の本を読み続けてもいずれ尽きてしまう。新たな作品を発掘する上で、書店の棚はワンダーランドだった。何度も行くうちにめぼしい作品名と作者名は覚えてしまう。でも、それを手に取るわけじゃない表紙の雰囲気、気になるタイトル、裏のあらすじくらいまでを読んだら、大体読みた...