例によって読書のすすめで薦められた本の一冊。
著者は『あわいの力』でお馴染み能楽師の安田登さん。
「原点回帰」を社是とする出版社、ミシマ社のコーヒーと一冊、というシリーズで、全100ページ以内と非常に読みやすい。
その内容はというと、時は紀元前3000年頃までに成立していたと言われる、古代メソポタミアの神話、イナンナの冥界下り、という神話。
強力な力を有する女神イナンナが、冥界を司る姉の女神エレキシュガルの元を訪れることで、姉の怒りを買い、殺され、吊されてしまう。イナンナの宰相ニンシュブルはイナンナの身を案じ、イナンナの義父エンキに救いを求め、イナンナの遺体を引き取りに行かせ、蘇らせる。
冥界より舞い戻ったイナンナは自分の不在を案じもしなかった夫ドゥムジを自分の身代わりに冥界送りにする。
スケールの大きい夫婦喧嘩と思う人もいるかも知れない。今回フォーカスすべきは、「死んだり生き返ったりすること」である。
死んだり生き返ったりする話は日本の神話にもある。「大国主命」は「因幡の白兎」の後に、嫉妬した兄神達に散々殺され、その度に不憫に思う母達の尽力で蘇る。
無邪気に訪れた結果、無碍に扱われる話もある。スサノオが天界を訪れ、天照大神に追い払われ暴れる話がある。アマテラスが天岩戸に引きこもるきっかけとなる話だ。
これらの物語は神話だから、死んだり生き返ったりするのかなと思っていたら、別の解釈があるらしい。
本書では、漢字の成り立ちからその経緯が語られる。漢字が発明されたのは紀元前1300年頃。しかし、「心」という文字が登場するのは、そこから更に300年後の、紀元前1000年頃だという。
「心」という概念は最初からあったものでは無いのである。人類は「心」という概念を発明し、そこから人類史は変化していく。
「心」以前の世界、それは女性優位の世界だった。本書の登場人物イナンナのように、強い力を有し、自由に振る舞い、夫に決めたものを王に任命し、戦争だって自分で戦いに向かう。日本における卑弥呼みたいな存在を想像して頂くと良いかもしれない。他には、大分後の時代ではあるが、もののけ姫のサンやエボシだろうか。
女王達の戦争は、武器では無く、目の周りにメイクを施し、目力で戦っていたらしい。
「めっ!」っていう風に。め組の人かよ。ラッツ&スター版が無いのが残念である。
では、どこで逆転したのか。それが本書で言うところの「心」の発明である。
ここで言う、「心」の定義は:「時間」という概念の獲得と、未来を作る/支配するという点に絞る。
「時間」が生まれることで、物事に順序が発生する。過去・現在・未来という三態が生まれる。
「未来」を描けるようになることで、未来を変えることが出来るようになる。
先日のブラタモリで奈良県飛鳥の特集があった。飛鳥の遺跡で一番堅固な土台の上にあったとされるのは、水時計だったという。タモリが「時間の支配から、人民の支配が始まる」と言った言葉が印象的だった。
時間の概念は因果関係を詳らかにするため、人々は次に「論理」を発明する。
ここで、論理思考優位の男性の時代が訪れる事になった。
しかし、心には致命的な副作用がある。未来を思い描くことは、思い通りにならない「不安」を心に抱かせる。
過去を思い返すことは、「後悔」の念を過ぎらせる。
「心」の無い神の象徴であるイナンナやスサノオが、「心」を獲得した神エレキシュガルやアマテラスに、いわれの無い邪推を抱かせたのは何故か。心を獲得した者には不安が付きまとい、瞬間瞬間を生きる「心」の無い者達の挙動は一層理解しがたいものに見えたのかも知れない。
似非資本主義というものは、人々の未来への「不安」、人と比較した時に自分が劣位に属しうる「可能性」を煽り、無限に商品を売り続けてきた。新型の「電気製品」、何故か毎年切り替わる「ファッション」、事故や疾病に備えての「保険」、収入を安定化させるためだけの「教育」などである。
マスコミが調子に乗って不安を煽りまくった状態が現状だ。おかげで、時代が変わるタイミングが早くなった(笑)
「心」を獲得した人間は不安という壁を乗り越えようとしている。「心」を獲得する前の時代には戻れない、けれど似て異なる、更に高次の世界に突入していくだろう。
それはもしかしたら再び、女性優位の時代になるのかも知れない。
今回、素晴らしい対応を行った国の中には、女性のリーダーの国が多かった。次の変化は、思っているより近いのかもしれない。
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