#23人目の著者④ 高校生編その二 動き出す青春

しばらく期間が空いてしまったが、高校生編の続きである。

前回の最後、高校生になって最初の夏休みで帰省した時のことだ。


うちの父は歯科医師ながら地域の他職種連携に力を入れている人だったらしく、医療や介護などの様々な分野の先生を呼んでは勉強会をしていた。


その夏の勉強会の講師の先生の娘さんが同じく高校一年生で、北見までついてきていたのだが、父親の講演中は暇になるので、僕が相手をすることになった。


昼は自分とその子と、父の知人の歯科医師の先生と駅前のビルで寿司を食べた。

我が家でもよく行くところだ。同い年の女の子の前で僕は初めて、格好付けてサビ入りの寿司を食べた。恥ずかしながらそれまでサビ抜きの寿司を食べていた。


さて昼食後、年頃の女の子が喜ぶような気の利いた店は駅前には無い。

こちとら北海道の片田舎、車が無ければ駅の裏の講演ホールからは娯楽施設になど行けない。市民会館が関の山だ。


そこで僕はふと朝言われた母の言葉を思い出す。


「市民会館で吹奏楽のコンクールやってるよ。連れて行ってあげれば?」


おそるおそる提案してみる。幸い彼女も吹奏楽部員だったらしく、興味を持ってくれた。母よ、ありがとう。


そうして小一時間ほど吹奏楽を楽しむ。途中うっかり気を失ってしまっていたが、たぶんバレていなかったと思う。昔から暗い所では眠くなるのだ。


良い感じに時を過ごし、適当なところで講演ホールまで歩いて戻る。

道中、「あとで連絡先教えてね」と言われたが社交辞令だと思いやり過ごす。こういうのは変に期待すると傷つくのだ。無事ホールについて、お別れを告げた。


しかし、彼女は走ってすぐ戻ってきた。連絡先を聞き忘れたので教えてくれと言う。


社交辞令では、なかったらしい。女子と会話するのが苦手で男子校に入った男が半年で家族以外の女性の連絡先を獲得するという快挙である。


その日の夜から早速メールでのやりとりを始めた。(12年も前の話なので当然ガラケーだし
LINEも無いのでメールだった。)

無難なお礼メールを皮切りに、学校の話、好きな音楽の話とかをしたのだろう。向こうは本州、こっちは北海道で距離は離れているのに、メールでのやりとりの熱量は増していった。


彼女がなぜか僕に好意を抱いているのを感じ取り、自分も初めての春の予感に心躍り、かくして、一度会っただけの僕らは、高校生活3年間を通して一度も再会すること無く、友人以上の感情を抱き、でも恋人とは呼べない奇妙な関係性を始めることになった。


実家に居るときには電話とメール。メールは一回の長期休みで300通くらいやりとりしたこともあった。

電話も中々切れず、寮で使えない時期の無料通話分を使い切る勢いだった。


寮に行ったら電話と手紙。二週間に一通くらいのペースでやりとりをしていたように思う。電話は掛けてくれたら、寮内の電話交換手が館内放送で呼び出すシステムなので、寮に居なかったり風呂に入っていたりすると電話には出られない。すれ違うこともままある中、よく待ってくれたと思う。


セミ事件とか、中々精神的に揺さぶられるエピソードもあったのだが、それは思い出として封印しておく。


かくあれ僕は高校入学早々に、心の拠り所を得た。彼女とはあまり本の話をしなかったように思うが、一冊だけおすすめとして贈ったことがある、気がする。


喜多川泰著『君と会えたから・・・』である


これは青春小説としても、自己啓発本としても良かった。何より自分のシチュエーションと重なった。

同じく喜多川泰の『手紙屋』も良かったけれど、こっちは贈っていないように記憶している。


基本は文通、時折電話のやりとりで、電話口では毎度愛を囁く。小っ恥ずかしい話であるが、言葉や声でしか、気持ちを伝えられないという制約は、自分にとっては言葉の表現力を拡充するこの上ないトレーニングにもなっていた。そうだと信じたい。


彼女との出会いは、多方面へ興味を開くきっかけにもなった。音楽への興味、水泳への興味、介護分野への興味・・・人と知り合うことは、世界を広げることなんだと知った。


かくして、大きなモチベーションを得るも、学業の方では空回りが続いていくのであった。


つづく







『ぼくとわたしと本のこと』は一般書店でも、Amazonでも買えますが、上の二つのお店で買うと、もれなくご縁が付いてきます。









松浦信孝の読書帳

本を読んで考えたことを中心に好き勝手書いてます。

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